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2015年01月30日

50年ぶりに日光へ

高校生以来、50年ぶりに日光を訪れました

宇都宮に赴任している息子からの音沙汰がこの所めっきり少なくなったので

生きているのか死んでいるのか様子を見てきてと嫁さんから頼まれていました

便りの無いのは元気な証拠だと男親のじぃじは思っているのですが

そこはやはり母親、息子の事がとても気にかかるらしいのです

そこで大阪に行く用事があった昨年の秋、思い切って栃木まで足を延ばしました

宇都宮到着が金曜夜7時、当然晩飯を一緒にと携帯で連絡をとればまだ会社、残業とかでドタキャンに

一人わびしく駅裏の安居酒屋での夕食に相成る始末

翌土・日曜の二日間、日光・鬼怒川温泉に一泊旅行の男・二人旅

日光はちょうど紅葉真っ盛り、天候も良く、いろは坂、男体山、華厳の滝、戦場ヶ原、東照宮を巡りました







投宿した鬼怒川温泉の女将さんは夕食時

「母娘の親子旅は多いですが、父・息子の二人旅とは珍しい、優しい立派な息子さんでお父さんは幸せですね」と

息子が親孝行にと旅行プレゼントをしているものと一人合点、説明するとややこしくなるので二人黙って味噌汁をすすっていました

翌朝現金を息子に渡し、フロントで会計をしていた女将さんへは二人分として息子の財布から支払ってもらいました。


何はともあれ毎日元気に働いている様子が判った事,下腹も出てもうすっかり中年おじんになっていた事などを

旅行写真を添えて嫁さんに報告しました  

Posted by あごひげ at 13:25Comments(2)旅行

2013年02月19日

ユーロ高に感謝

2年以上もの間、「財布の肥やし」にしていた「ユーロ札」をようやく「円」に交換できました。

前回、1€=116.23円で購入し、今回117.07円で売り、どうにか損失を免れることができました。

これもアベノミクス効果による、円安・ユーロ高のおかげ。

臨時収入は懐へ仕舞うことなく、消費に廻してゆくことにします。


ところで、100€(¥11,707円)の価値を計算してみると

    プロントのコーヒー  60杯
    ラークの紫煙     28箱
    湯屋          25風呂
    バーへの寄り道   2~3回   に相当か~。


 ほんの、小さな、ささやかな、お話でした。  

Posted by あごひげ at 08:00Comments(0)旅行

2013年02月16日

密室で根競べ

カトリック教総本山・バチカン国ローマ法王が600年ぶりに「現役退位」を表明したため、

近々次期法王の選挙がおこなわれるとの新聞記事が。

外部の人を遮断し、密室内で誰にも邪魔されず、身内の高貴な枢機卿達だけが集い

決まるまで延々と続く根競べ(コンクラーベ)投票会議。

投票用紙を燃やして、白煙は決定、黒煙は再投票と、煙突からの色で民衆に伝えたと言われる

伝統を今も頑固に守り続けているとか。(この話は旅行時に、ガイドさんから教わりました。)



その密室とは「システイーナ礼拝堂」

天井や壁一面に描かれたミケランジェロ作「最後の審判」

天国行きか、地獄行きかを裁いた有名な原画を

目の前にして感動した興奮を今も思い出します

もう早や、12年前の2月の事でした。  

Posted by あごひげ at 01:08Comments(0)旅行

2012年12月15日

スキポール空港 帰国編

スキポール空港でのドタバタ劇(帰国編)です。

ベルギー・アントワープで買い求めた品物の領収書に「付加価値税」払い戻しスタンプをもらおうと

「TAX」窓口をあちこち探すのですが、なにしろ広い空港でなかなか見つからず...

偶然「ANA」日本人CAさんとすれ違い、ようやく場所を教えてもらって駆けつけてみると長蛇の列。

しかも、係員の確認作業が遅くイライラのし通し、関空行きの出発時刻が迫ってきているのに。

ようやく我々の順番になりましたが、「領収書だけではなく、現物も見せろ」と言っています。

欧米人に対しては何のことはなく、東洋・黄色人に対してだけ現物点検させるのです。

こちとら髭面で人相も相当悪く、香港・韓国マフィアの運び屋と間違えられたのでしょう(笑い)。

現物が「ダイヤモンド」だっただけに。

カバンの中をひっくり返し現物を取り出し提示しながら言ってやりました。

「よく見てんか、米粒みたいに小さいやろ。娘と嫁さんのプライベートなお土産や、勘違いせんといて」

ようやくスタンプをもらうと、もう出発時刻ぎりぎりです。

目的のゲートへ広い空港内をまたまた駆け足、汗だくになってたどり着いてみれば、

なんと、そこにはブラジル・サンパウロ行きの表示が...関空行きゲートが変更されているでは...

ブラジル人らしき地上係員は日本語を理解しようもなく、もう万事休す。

置いてきぼりを食らい、もう一泊しなくてはならないか、と私は一瞬諦めかけましたが、

突然嫁さんが、「カンクウ、カンクウ、ゲートナンバー? ゲートナンバー?」を繰り返して

ブラジル人から変更後のゲートを何とか聞き出し、これまた猛然とダッシュです。

ジャンボ機の最終搭乗員となってしまい、CAさんから睨みつけられるわ、席も離ればなれになるわで

散々でしたが一言の文句も言えませんでした。

ドタバタ綱渡りのスキポール空港、でもこんなハプニングが個人旅行の醍醐味でもあります。  

Posted by あごひげ at 15:04Comments(0)旅行

2012年11月13日

スキポール空港 続き

ベルギーへ家族で個人旅行した時のことです。

福岡~関空~オランダ(スキポール)~ベルギーへと2回乗継を強いられました。

予定ではスキポールでの乗り換え時間は一時間半ほどありましたが、30分到着遅れ。

しかも、大きなハブ空港だけあって、大型ジャンボ機が同じ時間帯に各地から次々と到着し

入国手続きに一時間も並ばされてしまいました、次の出発時刻が迫っているのに。

ようやく入国手続きを終了し、端っこにあるベルギー行きローカル便カウンターへ

焦った、焦った、走った、走った、15分ほど。

我々が最終搭乗客となってしまい、大柄なオランダ女性のCAさんに睨まれてしまいました。

個人旅行の頼りなさを痛感した次第です。



帰りにも、この空港でひと波乱ありました。

次回にまた。
  

Posted by あごひげ at 00:07Comments(0)旅行

2012年11月07日

スキポール空港

来春に、福岡からアムステルダムへ欧州直行便が就航するとニュースにありました。

蘭国アムステルダムへ週に三便、往路は月・木・土、復路は日・水・金だそうです。

時間帯も便利で福岡発が10:25、スキポール着が15:05、とても魅力的です。

そこからヨーロッパ各地へ乗り継いでも、夕刻の7時か8時には悠々と到着できる按配です。

ヨーロッパの三大ハブ空港と言われるスキポール空港、あれはハプニング連続の旅行でした。

続きは次回でご紹介しましょう。

眠たくなりました、おやすみなさい。  

Posted by あごひげ at 23:56Comments(0)旅行

2012年05月27日

沖縄の続き

その晩夕食時、旅行会社からの緊急連絡が。
 1)沖縄に台風が急接近のため、那覇での3泊を2泊に短縮
 2)その代わり、鹿児島に寄港して「指宿温泉」1泊を追加変更
 3)指宿の後一週間以内であれば、鹿児島港もしくは別府港のどちらかから乗船しても
    神戸港までOK、との事。



指宿に着き、砂蒸し温泉に浸りながら考えました。

どうせ暇を持て余している男4人、この際、鹿児島から別府まで九州縦断をしてみようと。

早速ホテルでレンタカーの手続きをしていると、横にいた可愛い女学生の二人が

「別府まで車で行きはるの? 
   私たちも別府まで同乗させてもらえへん?割り勘で」

「我々は、霧島、宮崎、阿蘇を観光しながら走るんやけど、それでもよかったらどうぞ」

狼の群れに羊たちが迷い込んできた様な場面です。(笑い)

急遽、カローラから6人乗りのクラウン(観音開きクラウンから数えて3代目)に車種変更です。

今までこんな大きい車を運転したこともなく、おまけに初めての道、当然ナビなどまだありません。

宮崎と阿蘇高原でそれぞれ一泊、6人で安宿の大部屋に雑魚寝でした。

今から思うと無茶苦茶でしたが、三日目には無事別府にたどり着き、思い出深いドライブでした。

彼女たちとは大阪に帰ってからも、お互いに写真交換やしばらく文通(携帯メールなどありません)

したりしていましたが、翌年には就職しなんとなく音信不通になってしましました、念の為。  

Posted by あごひげ at 21:11Comments(0)旅行

2011年10月15日

タイ大水害が心配

十数年前、タイ・バンコクを旅した時もたまたま大水害の直後だった記憶があります。

今回の水害はそれを上回る被害が出ているようです。

一番の被害地域は世界遺産で有名な「アユタヤ」、とても心配です。


ビルマに滅ぼされた「旧王朝遺跡」、

悔しさが伝わってくるような遺跡でした

ニュース映像では、工業団地の浸水被害が

映されていましたが、遺跡は大丈夫でしょうか





上流部で長期の大雨、動水勾配の緩やかな大河、河口部での潮位の上昇などが原因とか。

自然的な収まりを待つ以外に方法はないのでしょうか。  

Posted by あごひげ at 12:16Comments(0)旅行

2010年10月31日

個人旅行とパック旅行

今まで海外旅行は自分で企画する「個人旅行」を楽しんできました。
この夏、初めてお手頃価格の「パックツアー」に一人参加しました。
良い点、困った点、色々思いつくままに纏めてみます。

まず困った点は、常に時計とにらめっこでした。
添乗員さんから 「ここで20分休憩、集合は〇〇分です。
             ハイここでトイレ休憩、〇〇分までに戻ってください」と、
                  常に時間を区切られてしまうのです。
団体行動ゆえ当たり前なのですが、これが意外と負担に思えます。
素晴らしい景色に見とれていても、集合時刻は大丈夫かと常に気を揉んでしまいます。
日常のスケジュールから開放されてのんびりと旅を楽しみたくてやって来たのに、
時計無しの時間が過ごせないのです。

次に宿と食事はどうだったでしょうか。
5カ国とも味付けが塩辛く、ボリュームも多すぎ、
その国その国の特色料理に出会った感じは余りしませんでした。
宿もヨーロッパ系ホテルの特色か、B級ホテルにはエアコンがありません。
猛暑にたまらず窓を全開で寝たため、大きな蚊に悩まされてしまいました。
安価なパック旅行ゆえ仕方の無い事ですね。


良い点についても
観光地では現地ガイドさんのおかげで、個人旅行では知りえない情報を得る事が出来ました。
パックツアーでは見知らぬどおしが乗り合わせている訳で、初日のバスではシーンとしていましたが
食事を重ねてゆくにつれてガラッと雰囲気が変り、2~3日もすると連帯感が生まれていました。
同じ釜の飯を食った間柄、と言う親しみ感が沸いてきます。
福岡空港でのお別れ解散時には、「ぜひまた会いましょう」と、涙ぐむ人も。  

Posted by あごひげ at 08:44Comments(0)旅行

2010年10月24日

中欧旅行22(プラハ)

いよいよ旅行最終日、あっという間の7日間でした。

夜の出発便まで、世界遺産プラハ歴史地区をじっくりと観光。

連泊のクラウン・プラザ・ホテル
設備も食事も大満足で
昨夜のバーでのカップルとの出会いも
良い思い出になるでしょう




有名なカレル橋の上では、地元の人達が願いをこめて
さかんに銅像をさすっています
思わず私も誘われてしまい...


橋の後ろを振り返ると プラハ城が綺麗に望める
  絶景の撮影スポットでした












フリータイムにはクリスタル免税店で、ボヘミアングラスの「ショットグラス」と「灰皿」を
お土産に購入しました。意外と安いかったので驚きです







カレル橋、中心広場、スメタナ劇場、火薬塔あたりにかけての一帯は、物凄い人出です。

15時の集合時刻までに充分余裕があったので、スメタナ劇場でクラシック演奏を、と思いましたが

財布の残金(チェコ・コルナ)が乏しく諦めて、カフェで粘りに粘って時間をつぶしました。

空港内で払い戻し税金を1000円と7€をしっかり受け取り、19時30分発のKE936便で離陸。

9日ぶりに帰ってきた博多湾には、オールスター開催中のヤフードームが眩しく輝いていました。  

Posted by あごひげ at 23:25Comments(0)旅行

2010年10月16日

中欧旅行記21(憧れのマイセンでしたが....)

ドレスデンの隣町、焼き物で有名なマイセン、いつかは訪れたいと憧れていた街です。

良い焼き物を見ると心が落ち着き、豊かな気持ちになります。

街中でのフリータイムにでも、気に入った掘り出し物があれば、何か買って帰ろうと思っていました。

でも連れて行かれたのは近代的な博物館、スマートにディスプレーされた館内を

ただただ案内ガイドに沿って歩き、最後の部屋はお決まりのお土産展示会場でした。












むしろ、古い街並みに残る窯元や、匠の世界を覗いてみたかったのに残念でした。

機会があれば、ぜひ改めて訪れてみたいと思います。  
タグ :マイセン

Posted by あごひげ at 00:58Comments(0)旅行

2010年10月13日

中欧旅行記⑳(ドレスデン)

ドイツ連邦共和国、面積35万km2(日本は38万km2)、全人口8200万人。

二度の大戦敗戦国にもかかわらず、みごとに経済大国として復活し

また米ソ冷戦の影響で分断された東西ドイツを無血で統一を成し遂げた国です。

7日目の観光は旧東ドイツのドレスデンと隣町のマイセンへ。

添乗員さんの説明にによると、ドレスデンは42万人、香川県・高松市と同規模だそうです。

  プラハ ~ ドレスデン  149km  約3時間(アウトバーンを一部利用)
     
   ちなみに、アウトバーンの利用状況
       バス     料金 無料、   最高速度 100km
       トラック    料金 有料    最高速度  80km
       乗用車    料金 無料    最高速度  無制限   

劇場広場にあるオペラ座

フラウィン教会

マイセン焼きの世界一長い壁画







旧東ドイツだけに、暗くて重たいイメージを描いていましたが、町全体は意外に明るくカラフル。

行きかう人々の表情も笑顔に満ち溢れていました。

統一後20年、未だに賃金や労働力に旧東西の格差が依然として残っていると聞きますが

そんな欠けらは観光客の我々には気が付きようもありませんでした。

午後からは、憬れのマイセンです。  

Posted by あごひげ at 00:21Comments(0)旅行

2010年10月04日

中欧旅行記⑲(プラハに2連泊)

旅行最後の宿泊地プラハでは、Aクラスのホテルに2連泊でした。

前夜はビアーホールでの夕食で盛り上がり、ホテルに帰ってもそのまま部屋には入らず

ロビーバーでもう少しの時間、地元のカップルと会話を楽しみました。

じぃじ    :  「ドブリ・ヴェカー(こんばんは)、英語は大丈夫?
            プラハは初めてなんです、市内のお薦め観光スポットはどこですか?」
プラハの彼 :  「勿論、世界遺産のプラハ歴史地区が一番のお薦めです。
           カレル橋から見上げるプラハ城は素晴らしいですよ
           もし時間があれば、エルベ河に沿っての散策もお奨めです。
           ドヴォルザークとスメタナのお墓をぜひみつけてください。」
じぃじ    :  「ドヴォルザークと言えば交響曲9番・新世界、スメタナと言えばモルダウですね
           どちらも日本ではクラシックの人気曲ですよ」
プラハの彼女: 「ドヴォルザークとスメタナ、どちらが年上か知ってる?
           もし貴方が正解だったら、我々が二杯おごります、
           でも間違ったら、我々に一杯ずつおごってください。」

結果はじぃじの負けでした、予想に反してスメタナが15~6歳も年上でした。

モスコ・ミュールとジン・リッキーをお二人に、私は苦~い「ネグローニ」をオーダー。

その後も会話が弾み、部屋に戻った時刻はさっぱり覚えていません。 
                
                



翌日二日酔いの状態で朝食、それでも美味しいハムとチーズ味はしっかりと覚えています。

朝食を終えエレベーターを降り、部屋に入ろうとカードキーを差し入れてみてもロックが外れません。

どうやら部屋(432号室)を間違えたかな?カードキーには部屋番号は印字されていません。

そこで1階フロントに戻り、私の部屋番号を確認してもらうと、チャンと合っています。おかしいなあ?

再度エレベーターに乗り、行き先の階数ボタンを押す時に、先ほどの間違いに気付き愕然としました。

こちら西洋では、日本での1階が「ロビー階」又は「0階」ですので、1Fは2階、2Fは3階、

432号室へは3Fのボタンを押さなければならなかったのです。

という事は、ちょうど1階真上の532号室のドアを、朝っぱらからゴソゴソやっていた事になります。 

またもや老人ボケの大失態です、あ~、恥ずかしい。 もしも、その部屋の住人が新婚さんだったら、

と思うと、なお更ご迷惑をかけたかも知れません。大変失礼しました、ごめんなさい。  

Posted by あごひげ at 01:22Comments(2)旅行

2010年09月24日

中欧旅行記⑯(チェスキークルムロフ)

六日目の朝、余りにも天気がいいので、朝食前にホテル近辺の散歩へ。

ザルツブルグ市郊外の住宅地、バスは電気トロリー式で音も煙もなくスムースに走っています。

7時を知らす教会の鐘が遠くから鳴り気温は12~3℃ぐらいか、とても気持ちの良い散歩でした。

朝食後は、 201km 約3時間かけてバスの移動
 ザルツブルグ ~ モント湖 ~ リンツ ~ チェスキークルムロフ 
「チェコの曲がりくねった」という意味で、人口はわずか15,000人、’92年に世界遺産に登録

お城から旧市街地を見下ろしています

大戦時にはドイツ占領下に
おかれていたにもかかわらず
よくもまあ、古いままで残っているものだなあ、と
つくづく感心



市街地からお城を見上げています

モルタブ河では若者達がカヌーやラフティングに
     水しぶきを上げて (この日も猛暑)









旧市街ラトラン地区

中央広場前のカフェで涼を求めて一服









観光後は、またバス移動   チェスキークルムコフ ~ プラハ  178km 約3時間

19時30分、まだ充分明るいプラハに6日ぶりに戻ってきました、嬉しい2連泊です。

今夜は、本場チェコビールを楽しむ「ビヤホール」での夕食です。

この日の歩数は13,600歩でした。  

Posted by あごひげ at 10:17Comments(2)旅行

2010年09月19日

中欧旅行記⑮(ザルツブルグ)

ザルツブルグ、チロル地方のような高原の田舎街をイメージしていたのですが、少し違いました。

観光客であふれかえり、雑踏の中での観光となってしまいました。


  ミラヴェル公園
     サウンド・オブ・ミュージック
        ドレミの歌の舞台となった階段がありました






町の中心を川が流れ
  旧市街を見下ろして山の上には
     ホーエン・ブルグ城






旧市街のなかでも一番にぎやかな
   ゲトライデガセ通り
      お店の屋号のマークが
          軒先に一杯並んでいました





モーツアルト生誕の家
   博物館になっています
       ここも混んでいました






旧市街地は雑踏の中での見学でした。1時間のフリータイムを利用して、添乗員さんお薦めの

「露店」や「スーパー」でお土産ものを買出しに。

美味しそうなお菓子
  
新鮮な野菜類










岩塩とウエハースを値切り倒して買い込みました。

この日の歩数は11,000歩。  

Posted by あごひげ at 01:35Comments(0)旅行

2010年09月11日

中欧旅行記⑬(ハルシュタット村)

2連泊したウイーンでのホテルの出発時に、フロントで「何も利用はありません」と、

初日のロビー・バー利用をすっかりと忘れてしまってチェックアウトしようとしました。

早朝で頭の脳みそがまだ起きていなかったのか、それとも老人性痴呆症の表れか

フロントから指摘されて「オ~、アイム・ソリー」と勘定を済まる始末。

金髪碧眼のフロントお嬢さんは「ノー・プロブレム」とやさしく微笑んでくれましたが...


旅行も折り返しの五日目です、今日はオーストリアの景勝地「ザルツカンマーグート地方」へ。
 
ウイーン ~ ハルシュタットは 
    287km 約4時間のバスの旅
    途中の湖畔でシャッタータイム
    みんなでカメラを撮り合いました
  



世界遺産のハルシュタット村
 世界で一番美しい湖畔の街と
     言われているそうです

アルプス雪解け水をたたえる美しい湖









写真では美しく写っていますが、ハイ・シーズンのためか狭い駐車場は多くの国から

観光バスやキャンピング・カー、バイクなどで満杯状態。

狭い村の道路も人人人で溢れかえっていて、チョッとがっかりしてしまいました。

このままの状態で観光客を受け入れていれば、自然環境破壊はすぐ目の前

世界遺産の登録資格もその内に剥奪されるのではないかと、心配になるほどでした。

中心部には交通規制をかけるなどして、環境保護をしないと大変な事になりますよ、村長さん。

この街での美味しかった昼食は、「食べある紀」をご覧ください。  

Posted by あごひげ at 09:10Comments(2)旅行

2010年09月05日

中欧旅行記⑫(ウィーン市内観光)

旅行四日目の日曜日、昨夜からの雨がやんで曇り空、猛烈な暑さも一休み。

世界遺産のウイーン市内観光です、「シェーンブルン宮殿」「ヴェルデベーレ宮殿」

「市内観光」「夜のミニ・コンサート」と、また早朝から夜遅くまで長い一日のスタートです。

シェーンブルン宮殿
早朝にもかかわらず
入場口には各国からの観光客で一杯です
中国人は何をしゃべっているのかピーチクパーチク
韓国人からはキムチの臭いが
インド人からはカレーの臭いが
西洋人からは強い香水の匂いが 漂っています。
では「我々日本人はどんな匂い?」と聞いてみると
お味噌の匂いだそうです、嘘のような本当の話。

フリータイムには
裏庭の噴水の所まで散策してみました
女帝マリア・テレジアの夏の離宮、さすが見事でした






ヴェルデベーレ宮殿
オイゲン公の夏の宮殿
下宮は美術館、上宮は博物館になっています
有名な画家クリムトの「接吻」に見とれてしまいました
前回の訪問時には見逃したのか
それとも、入場していなかったのか





ここでもフリータイム
館内のカフェでエスプレッソとタバコを一服
相変わらず遅い対応で、イライラでした
集合時刻寸前に運ばれてきたため
慌てて一口で飲む羽目になってしまいました
もっと優雅に楽しむつもりが...





リンク通り沿いにあるオペラ座、モーツアルト像、シュトラウス像、王宮、国会議事堂、市庁舎

楽友協会会館など、16年前と何ら少しも変っていません、懐かしかったです。

夕食でウイーン風カツレツを楽しんだ後、シェンブルン宮殿でのミニ・コンサートへ。

モーツアルトとヨハン・シュトラウスの曲目を併せて18曲、楽しみました。

しかし、メンバーの大半の方々は、旅の疲れか、船を漕いでいらっしゃいました。

ホテルにたどり着くと22:40分、もうバーに行く気にもなれず、部屋へ直行でした。

この日の歩数は7,000歩。  

Posted by あごひげ at 23:02Comments(0)旅行

2010年08月30日

中欧旅行記⑩(帝都ウィーン)

「ドナウの真珠ブタペスト」から「帝都ウィーン」までは、ヨーロッパハイウェイを241km、3時間半。

移動するバスの中では添乗員さんからオーストリア国の紹介がありました。

「発音でよくオーストラリアと間違えられますが、オーストリアにはコアラはいません。」

面積48,000km2、人口820万人、ドイツ語、通貨はユーロ、お水はアルプス源流なのでOKです。」

夕方に到着、実に16年ぶりの再訪です。夕食までの間、二時間ほどフリータイムとなり

ほとんどの皆さんは添乗員さんと共に免税店へ向かったようですが

かって知ったる私は、リンク通りから大聖堂までの「ケルントナー通り」を散策することに。

街並みや雰囲気はちっとも変わっていません、懐かしいです。(当時は46歳だったんです)


リンク通りを走る路面電車

今は一方通行ですが、当時はどうだったかな?







街の中心シンボル

  「シュテファン大聖堂」

  清掃工事中で

  ちょっと残念でした





前回食べ損ねたので、今回は何が何でも記念に食べておこうと、いざ「ホテル・ザッハ」へ。

そう、有名なチョコレート菓子「ザッハ・トルテ」です、ところが時間帯が悪いのか満席でお断り。

仕方なくあきらめ、通りにある「オープン・カフェ」に飛び込む羽目に。

 じゃ~ん、メニューにありましたよ「ザッハ・トルテ」
何~だ、カフェでも食べられるのです
いつもの癖でついビールをオーダー
アインシュペンナー(ウインナーコーヒー)を
頼むつもりが...
でも意外と相性がいいのには驚きでした



隣には仲の良さそうな夫婦連れ

勇気を出しておしゃべりをさせていただきました

勿論ドイツ語ではなく、片言の英語で




じぃじ  「こちらの方ですか?」
ご夫婦 「そうよ、ウイーン生まれのウイーン育ち、週末はいつもここよ、どこから来たの?」
じぃじ  「日本です、九州の福岡からです」
ご夫婦 「日韓ワールドカップで大分へ行ったことがあるよ、温泉旅館がべらぼうに高かったな」
じぃじ  「ゆったりとご夫婦でティータイムいいですね、羨ましいです」
ご夫婦 「オーストリア出身の有名人を誰か知っているかい?」
じぃじ  「勿論知っていますよ。音楽家ではハイドン、モーツアルト、ヨハン・シュトラウスでしょ
      歴史上の人物ではマリア・テレジアに娘のアントワネット、アドルフ・ヒットラー、
      スポーツではトニー・ザイラー、映画ではアーノルド・シュワルツネッガー
      他には、え~と....」
ご夫婦 「あんた、古いねえ~、我々はヒデやシュンスケを知っているのに」

夕食の集合時刻が迫ってきたので「ダンケシェーン」と言ってお別れしました。  

Posted by あごひげ at 11:52Comments(0)旅行

2010年08月24日

中欧旅行記⑧(素敵な現地ガイドさん)

旅行三日目は世界遺産ブタペストの市内観光。

素敵な地元ガイドさんが案内役に合流してくれました。

アンジェラさん、地元ブタペストで中学校の先生です
ユーロ圏ではギリシャのほかハンガリーも
経済危機が叫ばれていますね
平均給与は月7~8万円らしいです
そこで、学校の夏休み期間中は、すこしでも
生計の手助けにと、観光ガイドのアルバイト

大学生時代に大阪外大への留学経験があり、
当然日本語はペラペラ、二人のお子さんの内、
長男には「フジサン」と名前をつけたほど
日本が大好きなハンガリー女性

学校の先生だけあって、ガイドの内容には教養があり、
ユーモアも交えた説明につい聞きほれてしまいます
ずっと彼女の後をストーカーのごとく
離れないようについて行きました。





前夜のナイトクルージングでイルミネーションが

とても綺麗だった「くさり橋」を王宮庭園から

望んでいます。



旧市街の山頂にある王宮、漁夫の砦、ゴシック様式のマーチャーシュ教会を見学した後は

くさり橋を渡って新市街にある市民公園広場へ。


アンジェラさんとのツーショットです

誰にシャッターを押してもらったのか忘れましたが

気を利かせてもう少しアップで撮ってもらいたかったなあ



午後からは一路「ウイーン」へ向かってバスの旅。

昨夜の夕食などは「食べある紀」を覗いてください。  

Posted by あごひげ at 01:39Comments(0)旅行

2010年08月18日

中欧旅行記⑥(長~い一日)

チェコ・プラハのホテルを早朝7:30に出発して、途中スロバキアの首都ブラチスラバを観光し

ハンガリー・ブタペストのナイトクルーズを終えて、ホテルへたどり着いたのは22:00でした。

まだ時差ぼけを引きずっているのに、旅行二日目にして、このきつい日程、

長い一日でみんなヘトヘトでした。


バスの走行距離
 プラハ~ブラチスラバ      332km 4時間45分
 
 ブラチスラバ~ブタペスト    195km 3時間30分





お昼はブラチスラバで鱈料理をいただいた後、旧市街を歩いて観光。

最高気温は37℃、お昼のビールも効いて、完全にグロッキーぎみで皆の後をついて行きました。

何故かコンパクトカメラも機嫌が悪くバッテリー切れ、綺麗な街並みを収める事が出来ませんでした。

ハンガリーブタペスト


 
  旧市街(ブタ)と
  
     新市街(ペスト)を結ぶ
      
    くさり橋




一時間半のドナウ河ナイトクルーズを楽しみました

9時すぎにようやく日が沈み、街並みや王宮のイルミネーションがとても綺麗でした。

ワンドリンクサービスのビールを意地汚く飲んでいると、その匂いに誘われたのか

ドナウの蚊達に追い掛け回されたのには閉口でした。

遅くホテルのシャワーで、腕や脚に刺された赤い斑点が一杯でした。

あ~あ、とにかく長い一日で疲れました。パックツアー旅行はこれだから困りますね。

しかしそれも納得の上で参加したんですから、明日から気持ちを入れ替えて、ファイト。

なんか体力勝負の旅行となりました。この日は8,600歩、22:30早く寝ました。  

Posted by あごひげ at 08:44Comments(0)旅行