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2010年09月02日

栃若時代

仕切制限時間になると、必ず塩を舐めてから土俵の仕切に入っていました。

亡くなった息子さんの霊に捧げる儀式だったと聞きます。

大関時代、ちゃんこ鍋のお湯をひっくり返して、幼い長男を亡くされたのです。

でも、翌場所には数珠をぶら下げて場所入り、その鬼気迫る態度が「土俵の鬼」と言われました。

「若乃花」の訃報を知って落ち込んでいます。

じぃじの少年期は、まだTVのない時代で、もっぱら大相撲はラジオ中継。

横綱には、千代の山、鏡里、吉葉山、大関は松登がいましたね。

その後「栃若時代」になり、家庭にもTVが導入されて、広く相撲ファンが広がってゆきました。

栃若全勝同士の優勝決定戦、栃錦のまげが解けて、散切り頭で戦っていたのを

ほんの昨日のように思い出しています。

私は「巨人、大鵬、卵焼き」世代の少し前、「栃若、力道山、月光仮面」世代です。

語呂も字余りでお粗末~。  

Posted by あごひげ at 02:02Comments(2)日記